- 選手インタビュー Vol.16
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stellAmigo IWATE HANAMAKI ステラミーゴいわて花巻 |
- Yasuto USHIRO
#10 後呂 康人 選手
- 飽くなき向上心 キャプテン“ゴロ”の挑戦
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後呂 康人(うしろ やすと) プロフィール:
生年月日:1983年7月29日 出身:和歌山 身長/体重:173cm/66kg 血液型:O型 利き足:右 結婚:未婚 ポジション:FP
■ on the pitch
――― 町田の横江怜選手(ペスカドーラ町田)からの紹介ですが、彼は後呂選手のことを「天然」と言ってました
えっ? そうなんですか。全然そんなことないですよ(笑)。
――― 後呂選手から見て、横江選手はどんな選手ですか?
同い年ですし、同じ時期にカスカベウ(町田の前身)に入ったこともあって、仲良くさせてもらってます。当時は年上の選手たちばかりだったので。昔はよくゲームを借りたりしてました。彼、ゲーマーなんですよ(笑)。
プレー面では、シュートの意識がすごく高い選手ですよね。Fリーグ初年度は得点王も取っていますし。それにシュートの精度も高い。だから相手にとってはすごく脅威になります。あと、左足でも打てるし……あっ、ほめすぎですね。これくらいにしておきます(笑)。
――― 後呂選手が、フットサルを始めたのは、カスカベウがスタートなんですか?
そうですね。大学までサッカーをやっていて、その後もサッカーで生計を立てることを考えていました。それでセレクションを何チームか受けようと思っていた中で、カスカベウがあったんです。
フットサルには、昔からすごく興味を持っていたんですよ。出身は和歌山県の新宮市なんですが、小さいころはミニゲームとリフティングばっかりやってました。チームでフットサルの大会に出たりもしていましたね。
――― それで、高校は静岡学園でしたよね?
はい。とにかくテクニックが大好きだったんで、もう、小学生のころから高校へ行くなら「静学」って決めてました。セレクションを受けて入ったんです。
大学は北信越の福井工業大学へ行きました。全国的には無名かもしれないですが、地域ではいちばん強いチームで、インカレや天皇杯など、全国の舞台に出られる学校でした。練習場も芝生で環境も良かったんです。1年生から試合に出たかったし、目立ちたかったんですよ。
――― そこで、その後の進路を考えたときに、フットサルも選択肢にあったと。
自分でも、向いているんじゃないかと思っていたんですよね。大学の時は遊びで仲間と民間の大会に出たりしていました。
――― 当時、トップレベルのフットサルは知っていたんですか? カスカベウを見たことは?
いや、全然知らなかったんです(笑)。でも、親父がインターネットで調べてくれて、「カスカベウっていう強いチームがあるぞ」って、教えてくれたんですよ。それで、福井から夜行バスに乗ってセレクションを受けに行きました。その日に取ってくれると言ってくれて、次の日の練習にも飛び入りで参加させてもらいました。
その後フットサルを初めて見ました。大学4年のインカレで東京に来たときに、試合の合間に見に行った府中の体育館のゲームですね。感想ですか?もっとドリブルばかりで、ディフェンスも甘いのかと思っていたら、パスをポンポンつなぐし、ディフェンスも非常に激しくて。あと、お客さんもたくさん入っていて、すごく盛り上がっていた。ああ、こんな世界があるのかと思いました。
――― どうでしたか、本格的なフットサルを始めたころは。
カスカベウは、みんなパスをつなぐのがうまかったですね。とにかく動きが目まぐるしくて、練習の時点で迷子になっちゃって、どこに動いていいかわからない。サッカーとは全く違う世界でしたね。とにかく、パス回しのリズムを崩してはいけないと必死でした。それに、「俺はここでドリブルをやっていいのか」と迷いました。やったら怒られそうだった(笑)。
――― では、やれるなという手ごたえを感じたのは、しばらく経ってからですか?
うーん。ただ、その中でも全くできないなとは思いませんでした。先輩たちがすごく快く自分を受け入れてくれて、「ゴロ」ってあだ名もそのとき甲斐(修侍)さんにつけられたんですけど、いろいろなアドバイスをくれたんですね。よく覚えているのは、「難しいことを考えなくて、持ち味を出すべきところで出した方がいいよ」ということです。
でも、実際にはとても難しくて、いろいろ考えちゃいました。
――― ドリブルやテクニックがすごいと評判でしたが、当初試合では自分を開放し切れない面があったように見えました。
やはり、練習と試合では全然違いました。練習でやったことをゲームで出すことの難しさというか。でもそれを出せるようにならないといけない。
――― 花巻に行ったきっかけは、やはり出場機会を求めてなのでしょうか?
そうですね。町田では出たり、出なかったりという状態が長くて。自分からチームを出る意思がありました。やはり試合に出ないと絶対に成長できないので。まったく迷わなかったですね。
――― 環境の違うチームに移ったわけですけど、何かそこで感じることはありましたか?
町田は午前練習だったんですけど、花巻は夜練習だったんです。僕は今、盛岡住まいなので、練習に行くのに片道40キロかかるんです。その毎日が、まずだいぶ違いましたね。
それにスポーツゼビオさんで働かせてもらったのですが、スクール以外に働いた経験がなくて。これはかなり自分にとっては大きかったですね。サポーターの方がお店に来てくれたり、お店のスタッフの方が試合に応援に来てくれたりしました。そんなつながりもできて、今まで見られなかった世界が見られた感じで。
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